豊かな森へ

  森を作ろうとする行いは、時代的に最も大切な行いであると思う。今、私達は毎日の生活に追われてそれを忘れ、現実の生活にすべてが支配される。そして何の疑いも持たず、金の支配する生活を続けているのではないか。

 ふり返って見ると、今の生活をするために、人間はまわりの環境をどれだけ浪費したのか、この百年の間に自然を荒らし、化石燃料まで使い続けている。人間も自然界にあっては、ただの生物にしかすぎないのに、他の動植物の事も考えず、人間の都合で自然林を人工林にしたり、人工林が金にならないと言っては自然を破壊したまま、人の手を入れようとしない。このままではいけないと「木を植えた男」の本に出会ってハッと気付いた。

 その本は、フランスの作家ジャン・ジオノの本である。羊飼いの男が荒れ果てた大地に一人でカシの実を何十年も植え続け、荒野が緑豊かな森になり、土地を離れた子孫が次第に戻るというストーリーだ。

 人々は、今までにどれだけ自然の恵みを受けてきたか。少年時代の山や川はおぼろげながら今思い出しても至る所に自然があった。川では釣り糸を垂れるとミミズにアブラメ・ハエ・フナなど何匹でもかかった。夜突きに行けば淵ごとに大きなウナギが捕れた。今は夜突きに行っても何もいない死の川になった。それは森が人工林になったり雑木林が少なくなったからだ。森は今まで人間のために川には魚、大雨のときには腐葉土がスポンジの役目をしてくれた。言い尽くせないほど森は人の生活を守ってくれたのだ。

 森は、人間に多くの恵みを与えてくれている。豊かな森を次の世代に残すための運動を展開した方がいいと思う。
 まず木を植えよう。木を植えたら手入れをしよう。ヤマザクラが咲いたら花を見て楽しもう。雑木が増えて本の実が出来て小鳥や獣が増えたら、子供たちと楽しもう。そういう自然を自分達の手に取り返そう。子供たちは自然から色々なことを体験を通じて体で覚えればいい。自然の中で流す汗、労働する喜び、お互いの助け合いが体験できる。

 ロキシーヒルは誰もが自然に親しめる自由な場所にしたい。そこには労働があり、植樹を通じて汗をかく。植樹をしたら育樹がいる。自分の植えた木を育てる楽しみがある。山桜が大きくなって花が咲いたら、自分の植えたヤマザクラに美しいといってやればいい。何年も何十年も経って自然が戻ったら、みんなで自然の恵みに感謝しよう。

 ロキシーヒルはそんな夢を育む場所にしたい。